茅原 裕二  http://www.chizaijp.com/
1969年岩手県生まれ。横浜育ち。
わらしべ特許商標事務所 所長。
中学3年生から自転車にハマり、自分で自転車を組み立て、四国、九州、北海道、そしてカナダ横断と自転車一人旅をする。「カナダ自転車横断一人旅」を自分の目印として最初の就職を勝ち取る。4年半のサラリーマン生活を経て、無職の状態で結婚。7年間の主夫生活を体験した後、弁理士試験に合格。都内の特許事務所にて副所長として活躍した後、現事務所を開設。

山田 真哉
1976年兵庫県神戸市生まれ。大阪大学文学部史学科卒業。大手監査法人を経て、現在、会計事務所所長。企業のCFOや政府の委員、経済ドラマのブレーン等も務める。代表作は160万部突破の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』など。会計ミステリー小説『女子大生会計士の事件簿』はシリーズ100万部を突破し、TVドラマも放映された。現在、NHK総合『ゆうどきネットワーク』『ビジネス新伝説 ルソンの壺』、BS11『ベストセラーBOOK TV』等にレギュラー出演中。

ベストセラー作家 水野 俊哉  http://d.hatena.ne.jp/toshii2008/
1973年生まれ。これまで累計数千冊のビジネス書を読破したため、新聞や雑誌から書評を依頼されることも多いが、本業はビジネス書作家。会社経営を経て2008年「成功本50冊『勝ち抜け』案内」(光文社)でデビューし、同シリーズは累計10万部を突破するヒットとなる。以後も「法則のトリセツ」(徳間書店)など話題作を続々と発表。1冊を書きあげるまでの入念な準備と完成度の高い内容に、執筆依頼、取材依頼は後を絶たない。また、商業出版を目指す後進たちを支援するために開講中の、「水野俊哉主催 出版セミナー理論編」は、全国500名以上が受講。採算度外視で業界では破格と言われている小人数制ゼミからは、開講から2年あまりで、受講生の約5割が大手出版社から商業出版決定という実績を持つ。

水野:茅原さんは私の出版セミナーの受講生、OBで、1年半がかりで講談社さんから出版が決まりました。その本のタイトルが『佐藤さんはなぜいっぱいいるのか?』となっていまして。

山田:ほう。

水野:これはもしかして、有名な公認会計士の山田真哉先生の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』をパクってしまったんじゃないか? と、編集の井上さんに聞いたら「いや、パクりではない」と。マネしている、と。

茅原:マネしているんです(笑)。

水野:まずはそこからレクチャー、というか言い訳をしていただきましょう。

茅原:言い訳……(笑)。

山田:この本に、マネはいいという話がありますね。素人には分かりづらいと思います。「マネはいい」というのはどういうことなの?別に責めているつもりはないんです。

茅原:『さおだけ屋』が出た後って、結構「○○は○○なのか?」みたいな本がいっぱい出たじゃないですか。私もあやかりたかった。『佐藤さんはなぜいっぱいいるのか?』というタイトルは、「さ」から始まって、しかも『さおだけ屋』と字数が同じなんですよね。そこまで結構こだわっているんです(笑)。

山田:へえ。

茅原:なぜマネがOKなのかというと、本のタイトルは創作物じゃなくて、目印なんですよね。本の中身を書いてあるだけなので……。

水野:タイトルは創作物じゃないんですか?

茅原:目印にもなるという話ですよね。

山田:目印にもなるものは、まねしてもOKということなんですか。

茅原:まさかこれを見て「ああ、これ山田さんの本だ」って買う人はいませんよね。ということは、この本のテーマである「商標」の世界ではOK。

水野:本当は「山田さんの本みたいに売れたいな」と思って、マネしてつけたのに、商標的にはOKと。

茅原:そうですね。

山田:もっと『さおだけ屋』をマネしているタイトルはあります。例えば『さおだけ屋は何で潰れたのか?』とか。

水野:それ、ひどい。

山田:ありなんですか?

茅原:ありですよ。

山田:どういう理屈でありなんですか? 最後の語尾が違うだけで、ソックリじゃないですか。

茅原:この本に、講談社の『別冊フレンド(別フレ)』と『フレンド英和辞典』について書きましたが、本のタイトルって、そもそも商標ではないんです。

山田:僕ら、著作業界では、よく本やドラマなどのタイトルはマネをしてもOK、というのがあるじゃないですか。あれはどういうことなんですか?

茅原:例えば「会計入門」の本は、いっぱいありますよね。もし、マネというか、同じようなものは書けないといったら、結局、みんな駄目じゃないですか。本のタイトルは、内容を凝縮しているものであって、同じような内容の本は、同じようなタイトルになっちゃうという話ですよね。

山田:それは法律でそうなっているのか、判例でそうなっているのか。

茅原:法律ですね。

山田:法律で「本やコンテンツ物のタイトルは中身を抽出したものだからいい」みたいなのがあるんですか。

茅原:そうですね。要するに、本のタイトルはまさに商標ではないという話なんですけどね、本当は。

山田:なるほど。

水野:『さおだけ屋はなぜ潰れたのか?』のように、パクりというか、似たタイトルをつけた人はいっぱいいると思うんですが、わざわざこうやってアポを取ってきた人は初めてですね?

山田:そうですね。逆に「あれ? 似ているかな?」と思っちゃったぐらいで。どうして僕は似ていると思わなかったかというと、やっぱり、絶対に会計は関係ないだろうなというのがあったんです。

茅原:うん、分野の話ね。

山田:分野の問題かも知れませんが『なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?』のほうがよっぽど似ているなと僕は思うんですが、言葉尻は違うじゃないですか。別に文句を言う気はないですけど……。

水野:それは書いている側からすると、どうしても気になるところじゃないですか。

山田:そうそう。同じ会計業界のものには、僕は敏感にすぐピキンと来るんですけど、分野が違うので、本当は似ているのかも知れないけれども、全く気にしないから、僕の警戒網には引っ掛からない。

茅原:警戒網を視点に(笑)。

水野:出版セミナーで、タイトルのパターンとして「○○はなぜ○○なのか」みたいな疑問形パターンがありますよ、と言っています。

水野:茅原さんは、今回、あやかりたいというか、尊敬のあまりこういうタイトルをつけてしまったということで、いろいろ聞きたいことがあるそうですね。

山田:そうですか。何でも。

茅原:まず『さおだけ屋』のタイトルは、山田さんがお考えになって、そのまま決まったんですか?

山田:そうですね。僕と担当編集者の二人でいろいろ案を出し合って、本が出る1年前には決まっていました。「そのまま行くかな」と思っていたら、直前で編集長NGが出て「うわ、どうしよう」となったんですが、担当編集者が編集長に逆らって無理やり押し通した。

茅原:へえ。

山田:それで、その編集長は「『さおだけ屋』は俺が認めてやったから売れたんだ」みたいなことで、今は光文社のすごい偉い人になっているという。

水野:いつの間にか上司の手柄になっているというのはよくある話です。

山田:経験則上、周りの話を聞いても、タイトルって結構早い段階で決まったもののほうが大体売れますよね。直前にドタバタで決めたタイトルって大体良くないですよ。

茅原:この「佐藤さんはなぜいっぱいいるのか?」というタイトルが浮かんだとき、何を書こうか、何となくはつかんでいたんですが、山田さんと違って、がっちりしたものはまだなかったんですね。このタイトルに決めて、みんなからは「いい」と言われたんだけど、書く段階ですごく苦しんじゃって、つなげられなかったんですよ、自分の話と。

山田:なるほど。そうですよね。自分自身が佐藤さんだったら、また話は違ったんでしょうが。

茅原:そう。それで「佐藤さんはなぜいっぱいいるのか?」とタイトルをつけておきながら、佐藤さんには触れないようにしようかなと思っていたら、担当編集者に「触れてください」と言われて。

山田:まあ、当然ですよね。でなけばタイトル詐欺というね。

茅原:そうそう(笑)。

水野:本を出したい士業の方は多くいますが、どうしたら専門的なことを一般向けに分かりやすく書けるのか、ということを皆さん疑問に思っている。茅原さんも今回もそれを痛感して、聞きたいということでしたね。

茅原:商標の分野でも専門書は多くあるんですが、こういうやわらか本というか、一般の人たちが普通に読めるような本がなかった。一般向けの本を出さないと、いつまでも分からない人は分からない、分かる人は分かるみたいな、差が激しくなっちゃう。その間の溝を埋めるのを会計の分野でやったのは山田さんかなと。

山田:いやいや。

水野:その「山田ロジック」の秘密を教えてくれと。

茅原:もしよろしければ。

山田:僕に限らずですけど、優れた入門書って、基本、専門用語をどれだけ使わないか、だと思うんですよね。言葉で勝負するのが本の世界じゃないですか。その言葉自体で壁があったら、多分、何の勝負にもならない。だから『さおだけ屋』の特徴は、数字を極力使わないことなんです。数字が出たとしても、数式にはしないとか、足し算レベルに抑えておくとか、1ページ当たり数字は3カ所か4カ所で限度とか、ぱっと開いたときに数字が並んでいたら、もうそれで本をパタンと閉じちゃう、というところを意識しました。

水野:だから、会計の本なのに数字があまり出てこない。足し算、引き算、掛け算、割り算ぐらいで。

山田:そうですね。どれだけ使わないか。茅原さんの本で、商標という言葉は使わずに、目印という言葉で押し通している戦略は、それは多分同じことですね、きっと。

茅原:そうですね。

山田:商標と目印は、画数が全然違いますもんね。画数が多いものって、基本、NGですよね。本って、見た目が黒いと読む気なくしますからね。

茅原:そう。この本は、なるべく商標そのものというか、ロゴをいっぱい入れるようにしたんです。ぱっと見て。

山田:個人的にもっと欲しいぐらい、もっとそっちのほうがいいですね。

茅原:まあ、そうでしょうね。

水野:多分、何10回と聞かれていると思いますけれど、100万部以上の大ベストセラーになった理由は何ですか?

山田:何でしょう?例えば、イチローが200本安打をする秘訣は多分あるんですよ。10年間ずっと出来ているから、普遍的な法則があるだろうと思うんです。同じように、100万部を僕が10回でも出したら、教えられることがあると思うんですが、1回ですし、世の中、100万部以上を何回も出している人ってそんなにいない。

茅原:そうでしょうね。

山田:100万部以上を何回も出しているのは、村上春樹さんとかその辺なので、それ以外は運としか言いようがないんですが、じゃあ、運の正体は何かというと、やっぱりそれは、時代の流れということ。あと、細かいところまで作り込んでおくということですよね。作り込んでいないと100万部いかないのは、2000年以降の共通点ですよね。『バカの壁』にしても『国家の品格』にしても、やっぱり「わっ、作り込んでいるな」と思うんですよ。1章、1章が、よくできているんですね。日本語もうまいですし。「何でこんな本が、100万部以上超えたんだ?」と思うのは、本当に昭和時代の本ぐらいですよ。昭和時代の、プロ野球が10倍面白くなる本とか、ハウ・ツー・セックスとか、何で売れたんだろうと。

水野:そういう時代だったんですかね。

山田:何でしょうね。その時代の人にならないと分からない。多分、その時代の情勢とか、本の全体の情景だと思うんですが、少なくとも2000年以降のミリオンセラーは、良く出来ている。当然、タイトルもいいし、表紙もいいし、装丁もいいし、字組もいいし、細かいところで全部落としていない。フィギュアスケートの採点に似ていて、ミスだと駄目なんですよね。全部において満点に近くないと、やっぱりミリオンというのは。でも、全部満点の本でも売れるかというと、売れないものもあるので、そこがジレンマですよね。

水野:100万部売れて、パクりとは言いませんが、会計の本が雨後の竹の子のようにいっぱい出たのを見て、ご自分ではどう思われていたんですか?

山田:ありましたよね。『なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?』。

水野:それとか『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』。

山田:絶対、僕の本が面白いというのはやっぱりありましたよ。

水野:元祖として?

山田:うん。でも、売れるということは、やっぱりそういう時代だということもありますし、売れているだけに、細かいところは良く出来ているんですね。『社長のベンツは4ドア」にしても。会計士には許せないことも書いてあるんですけど、それはさておき、やっぱり一般の興味を引く、引っぱりこむ力がありますよね、売れている本って。だって、本って、人からタダで配られて読むのではなくて、基本は、自分から取りに行かなきゃいけない。何かしら引き寄せるものがあります。『もしドラ』では、それがあの表紙なのかも知れないですし、『さおだけ屋』はタイトルなのかも知れない。ですから、少なくともタイトルは『佐藤さんはなぜいっぱいいるのか?』は、僕はいいなと思います。

茅原:ありがとうございます。

山田:多分、全国の佐藤さんは気になりますよね。

茅原:まあ、それは狙ったんですけど(笑)。

水野:読者の声では、斉藤さんで気になっている人がいるらしいです。

山田:ああ、近いから。