茅原:山田さんの『食い逃げされてもバイトは雇うな』って、数字ばかりだったじゃないですか。
山田:数字のマジックですね。
茅原:『さおだけ屋』では、あまり数字を使っていないけれど、こっちでは積極的に数字のマジックを使っていますね。私も本の中で使っています。佐藤さんって確かにいっぱい、約200万人いるんですが、全人口からすると2~3%。100人中3人しかいないんですよ。というところで、目印とつなげているんですね。「佐藤さんなんて、いっぱいいるから見分けがつかないや」と思うかも知れないけど、全人口からすると、たかが100人中3人じゃないか、100人の中で3人だったらブランディングになる、と書くときに、参考にさせてもらいました。数字のマジック。
山田:そこは下手をすると、じゃあ、商標、要らないじゃんという話になりかねないですよね、実は。話の展開を間違えると、日本の人口の2%しかいないんだったら、商標って別に要らなくない? という話になりかねないですね。文の構造的に。そこをうまく回避されたなと。
茅原:それを一応、段階的にやっているんですけどね。
山田:うまくずらして作っていらっしゃるなと。
水野:せっかくなので、何かご感想をお願いします。
山田:そうですね。結構、覚悟が要る書き方ですよね。商標の裁判の話となると、自信を持って書けるじゃないですか。でも、佐藤さんの話とかラーメンの話って、「いやいや、家系ラーメンはそういう理由じゃない」とか、「吉村さんはそういう気持ちじゃない」とか。
水野:結構、茅原説が出て来る。
山田:なので、結構勇気が要る書き方だな、と。でも、本ってドキュメンタリーではないので、最後まで調べることはできない。どこかで区切りをつけて、原稿を仕上げないといけないじゃないですか。その辺って不安はないですか。
茅原:いや、書かされ……そんなことはない(笑)。覚悟を決めろ、と言われて。
山田:本が出て、これから、そこそこ売れ始めると批判が来るパターンの本だなと。
茅原:まあ、そうでしょうね。
水野:山田さんには、そういう批判はあったんですか。
山田:『さおだけ屋』は、本当に、腐るほどというか、山ほど。そもそもタイトルの「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」の理由を、僕自身がちゃんと確かめに行っているわけじゃないんですよね。さおだけ屋さんをつかまえて、取材する余裕もないし。
水野:なるほど。まあ、そういうもんじゃないよと。
山田:でも、読者の期待としてはそれもあるわけですよね。ドキュメント本として、さおだけ屋を24時間追跡して、ちゃんと商売の収支をね。
水野:なぜ山田はそれをやらなかったんだ、みたいな。
山田:そうそう。その批判が一番多いですね。それと同じように「佐藤さんがいっぱいの理由は、本当にこれで合っているのか」という批判は、出て来ると思うんです。
茅原:まあ、そうですね。ちょっとしか書いていないので、その批判もあるでしょうね。
山田:そうそう。「知りたいのに」と。僕はもともと歴史畑で、今も歴史の仕事をたまにやっているんですが、佐藤さんがいっぱいの理由は、ちょっと違うと思っているんです。やっぱり佐藤忠信の力が大きいのかなと。
茅原:ああ。
山田:武蔵坊弁慶よりも尽くした義経の忠臣、佐藤忠信。鎌倉の『義経記』であったり、室町からは、能と狂言では佐藤忠信は狐忠信といって、自分が死んだ後も義経、静御前を助ける。佐藤忠信はあの当時ものすごくスターで、福島の出身だから、福島の佐藤に関係ある人たちは「じゃあ、俺も佐藤」みたいな。そっちにあやかった、と歴史ファン的には思っているわけです。
水野:本が売れ出すと、自分が書いたことが原因でいろいろな議論が起こりかねないと。
山田:うん。起こりかねないタイトルの本。『さおだけ屋』もそうで、僕は実際、さおだけ屋さんをちゃんと取材したわけではないので「いやいや、全然さおだけ屋は潰れています」とか「さおだけ屋は、やくざがやっているからつぶれない」とか、いろいろなのが来ますよ。
茅原:そうだろうな。
水野:むしろ、そういう意見が来たほうが、おいしいみたいなところもあるんですか?
山田:そうですね。おいしいのはおいしい。ただ、精神的には痛い。すごく痛い。そこをどう耐えるかですね。佐藤さんと家系ラーメンに関しては、多分、これはあるだろうなと。
茅原:家系はちょっと来るでしょうね。
水野:いろいろな議論が予想される、みたいな。そういう場合に、怒っちゃいけないわけでしょう?
山田:そうそう。知らんぷりをしちゃう。仮にメールとか書き込みがいっぱい来ても「ご意見を参考にさせていただきます」と。
水野:貴重なアドバイスですね。
山田:あと、気付いたのは、戦隊シリーズ、秘密戦隊ゴレンジャーなんかの「戦隊」が商標されているって、東映の人から聞いたことがあるんですが。
茅原:戦隊……、うーん。
山田:だから、町おこしで地域に「何ちゃらレンジャー」ってあるじゃないですか。どこも「戦隊」を名乗ってないのは、東映が押さえているから。どんな地方の、どんな小さな地域でも、戦隊という名前を使うと「戦隊はうちの商標です」とクレームを投げ掛けているという噂が。
水野:それを次作のネタに使わせてもらいましょう。
山田:唯一、自衛隊が使う「戦隊」に関しては、言えないそうです。
茅原:それはそっちの方向で本物だから。
水野:本物過ぎるから、それ。
茅原:まあ多少、言い掛かりというところもあるんでしょうけどね。
山田:でしょうね。でも、考えたら、商標って本当はいろいろ、ネタ的には……。
水野:宝庫かもしれない、と?
山田:エクセルシオールの話とか、一般の人になじみがあるネタがいっぱいあるという意味では、著者としてうらやましい業界だなと思いましたね。
茅原:この本に書いたように、一般の人は、商売していても商標は自分とは関係ないと思っている人のほうが多かったりして。
水野:山田さんの本で、会計士を身近に感じる人が多くなったように、茅原さんもどうやったら弁理士を身近に感じてもらえるのかって、今、悩んでいるんですよね。
茅原:そうですね。
山田:人間、やっぱり現世利益的なものじゃないとなかなか動かない。それでも方法はないことはなくて『さおだけ屋』もそうなんですけど、さおだけ屋が潰れようが、潰れまいが、関係ないじゃないですか、本当は。
茅原:まあ、うん。
山田:『さおだけ屋』の本って、基本「どうやったら儲かるか」に近いんですが、「潰れる」という言葉が実はポイントで、人の不幸って、みんな結構大好物で……。
水野:そこはポイントですね(笑)。
山田:会計の分野では「こういう理由でお店が潰れました」みたいな本は売れるな、というのがずっとあって、その一つが『さおだけ屋』でもあったんです。
水野:心理ですね。
山田:だから「商標でこれだけ損しました」とか「商標をやっていなかったせいでメチャメチャ失敗しました」「人生がボロボロになりました」みたいな話だったら多分いけるだろうと。それは商標に限らず、どの業界でも。
水野:心理的にはそういうほうが面白い。
山田:面白い。失敗、挫折、不幸、スキャンダル。それがあるからこそ「週刊現代」さんがあると。(講談社内での対談なので)
水野:「FRIDAY」さんも。
山田:出版界全体に言えるんですが、よりセンセーショナルなものを求めて、週刊誌化しているところがあります。それは人間のある種、嫌な面ですけれど、本質でもあるのかなと。でも、エクセルシオールは、負けたけど実は勝ったんだみたいな話だから、すごく面白いなと思いました。
茅原:そうですか。ありがとうございます。
水野:ぜひブログなどで感想を(笑)。
水野:私もアディダスとかプーマとかのあたりの話はすごく面白かったですね。
山田:そういう、勝った・負けたの話ってやっぱり人は好きですよね。
茅原:そうですか。ありがとうございます。あれに書かなかったこともあるんですけど、ちょっとどうかなと、そこまで書き切れなかったというか。
山田:でも、文章量的にはこれぐらいが丁度いいですよね。
山田:ちなみに、商標ですごく大損した人っているんですか? 「取っておけばよかったのに」みたいな話って。
茅原:そういう話で言うと「カラオケ」とかね。
山田:カラオケは商標なんですか。
茅原:「カラオケ」という言葉。
山田:言葉自体を取っておけば?
茅原:うん。取っておけばすごいことになっていますよね、多分。だって、海外でもですよ。
山田:ほんまですね。
茅原:そういう話で言うと、いろいろありますよ。例えば勝負する人もいますよね。「婚活」の商標を取ろうとした人とかね。
山田:それは面白いですね。取れたんですか。
茅原:いや、できなかった。
山田:駄目だった、ああ。
茅原:ハンカチ王子がメディアで取り上げられた時期に、どこかの商社が「ハンカチ王子」で、ばーっと出願していたんです。しかも「ハンカチ」で。
山田:ああ、ハンカチ分野で。
茅原:「ハンカチ」で8件ぐらい出願して、全部駄目だったみたいですね。人格を害する、みたいな感じの理由だと思いますけどね。
山田:その辺のカラクリは、一般の人には分かりづらい。特許庁が判断したのが、裁判所でひっくり返ってみたりとか。
茅原:ありますね、そういうのは。
山田:その辺の判断基準とか。そもそも特許庁は一体何をしているのかも実はよく分かっていなかったり。特許庁って、特許に詳しい人がいるんですか?
茅原:特許庁は特許、商標などの、内容を審査するんですよね。
山田:それはプロなんですか? プロというか、弁理士資格を持った人がいるとか。
茅原:弁理士ではないです。行政庁のほうなので、お役所の役人が審査します。
山田:じゃあ、普通の人なんですか。でも、それじゃおかしいですね。ハンカチ王子も、もしかしたら高校野球とか全く見てない人だったら、何か新しいことかなと。知らなかったら、通っちゃう可能性もあるんですね?
茅原:その可能性はあります。というか、そういうのもたまにありますよ。iPhoneとかiPadとか。スチーブ・ジョブズが力任せにばーんと取っちゃうみたいな。プーマとかは、本当にそっちのえげつない世界ですよね。